Sunday 28 December 2014

J-LAFの記事

カリグラフィー団体で、近頃新たにNPO法人となった J-LAFさんに、この体験のことをスペシャルの記事のしていただきました。




改めて全体を振り返り、伝えたいことを絞って文章化し、それを編集の方に見ていただいて、文章を何度も練ったことは、良い体験となりました。改めて日本語は難しい!うまく伝わりますように。

よろしかったら感想などもお聞かせ下さい。

Tuesday 23 December 2014

柱をくるむ幕 2

少し間があいてしまいました。ごめんなさい。

さて、テストで書いたものを、現場へ持っていって、柱へ実際にまいてみたところ、全体としては良かったのですが、もう少し左右に余白があった方が良いような気がしました。

布を四つ折りにして、一辺の中に、小さめに字を入れてみることにしました。

行書と、隷書。
もう一度、現場に持ってって見てみたら、今度は迫力が足りない!
遠くから見ると、黒い部分が圧倒的に少なくて、すっかすかに見えてしまいました。余白があった方が良い、と判断した自分の目を疑います。

はみださない程度に、黒めに書こう。

隷書と行書。
この作業で、隷書を書くのが気に入ってしまいました。
ちなみに布は絹です。

この感じで良さそうだったので、どんどん数を書いていきます。

本当は、お経は続いているので、端っこの柱から続けて読めるように、配置したかったのです。お経の順番は、多分誰も気にしないだろうし、写るかどうかも分からない部分ですから、ただの自己満足です。

でも書体をせっかく変えているので、せめて同じ書体が隣や前後に並んだりしないように配置したいなあとは考えていました。

キラの紫の大量生産提灯の時も、同じ考えではありましたが、まずそんなことをしている時間が私にありませんでした。その反省もあって、今回は、配置くらい自分で!と思ったのです。

でもやっぱり今回も書いたはしから持っていかれます。それでも、時間がある時はなるべく自分で持っていって、巻いて欲しい柱の根元に置いていくことにしました。時間がありそうだなと思ったら、巻いて下さってる作業の人に、入れ替えを頼んだりもしました。


おおかたの柱がくるまれました。

こんな風景は、実際にはありえないですが、やってみると違和感がないのが、デザイナーの凄いところ。

改めて、この建物は本当に細部まで、よく出来ているなあとも思います。


正面に、同じ絹で出来た幕と、巨大な手作りの房が取り付けられて、桜と共に見応えのある風景になりました。

横から見たところ。四方にちゃんと字がくるようになっていますが、結び紐が後ろに来ています。エキストラのお侍さんたちがいます。

映画本編だと、あっという間の場面ですが、好きなセットのうちの一つでした。

Saturday 15 November 2014

柱をくるむ幕 1

四十七士が切腹をする舞台となるお寺の飾り付けが始まりました。

私に割り当てられたのは、その柱をくるむ布に字を書く事でした。布は絹製で、柱は角柱のため、四辺があることになります。布部の方にはしっこや、くるんで後ろで結ぶ紐などを縫ってもらって、出来上がりを事務所へ持って帰りました。

お寺のセットに行って、どのようになるかイメージしつつ、参考にするため写真を撮って来ました。

中心から左右へ二列ずつの柱がくるまれます。
天井の都合で、短いものと長いものが、半分半分くらいになりました。

何を書くか。
お寺だし、人が死ぬ所なので、お経にすることで ok が出ました。もう浪人とは言え、アサノ家に仕えていた四十七士ですから、同じ宗派なのだろうと思うことにします。(多分一人一人調べていたら、きっと全て違うのでしょう)

アサノ家の宗派ですが、内匠頭が四十七士と共に葬られた、有名な東京の泉岳寺は、曹洞宗です。しかし調べて行くうちに、高野山(真言宗)にも墓があるし、京都の瑞光院というところもアサノの祈願寺となっていて、そこは臨済宗。どのお経をとれば良いのか、迷ってしまいました。

そこでオールマイティーなのは、般若心経。
般若心経は、浄土真宗以外では、広くどの宗派でも唱えられているということです。文言を写し取って、書く準備をします。


絹は書きやすい布地です。濃淡もかすれも出るし、意外と染みません。墨だと気持ち良いのですが、これらは屋外で使用される為に、ペンキで書きます。

自分の身長より高いので、会議用の机を二つ合わせ、汚さないようにビニールで覆い、布部の方にいただいた厚めのフェルトを下敷きにして、その上によじ上って、布の上に座るようにして書きました。

今考えたらどうして床で書かなかったのかな。

幅を四つに折って、一行が一辺に入るように書きます。

この作業は、7ヶ月間の勤務の、終わりの方の日々にしたものなので、大きいサイズにも、あまりびびらなくなってきていました。また、倉庫でなく、事務所でこのサイズの物を書いたのはほぼ初めてだったので、通る同僚の反応も楽しかったのを覚えています。

「そこ、つづり間違えているよ」

とイギリス人が読めもしないのに、つっこんで来ます。

「じゃあ自分で書けば」

と、少しどきっとしつつ(綴り、スペルは苦手)私。

一枚書いて、現場へ持って行って、実際に巻いて、どう見えるか試してみます。
最初は固く、楷書と行書から。



長いのと、短いのと1枚ずつ。背の高い同僚に手伝ってもらいました。
良さげですが、書体によっては、そんなに一辺の幅ギリギリに書かないでも良さそうです。

続きます。

Friday 7 November 2014

布、といっても木綿、麻、絹といろいろ書きました。
以前も述べましたが、幟というのは、大きな宣伝手段であったようです。戦場では領地の宣言、平和な世では行商、興行の宣伝など、古い資料にもよく見られます。


広重の作品は大好きですが、撮影現場の資料本棚にも良い本が沢山ありました。神社などのお参りやお祭りの場面によく出て来ます。字も面白い!


これも広重ですが、幟というよりは、、、かつぎ物。実はこれ、実際に作りましたが、実際に撮影には登場しなかった残念なもののうちの一つ。上に3つも紙垂が付いてるし、丸いところは実は扇が三つ連なっている。この図は商店の看板やサインの役にも立ちました。

現在でも幟はとても有効に視覚に訴えかけると思います。お相撲や歌舞伎の公演会場で幟はよく見られますし、上の写真は能登のお祭りの伝馬船だそうですが、かっこいい!サイズが凄いですね。字は普通ですが。

この映画でも、旗指物(はたさしもの。また別途話します)を始め、幟は様々な種類や形大きさのものを数多く作りました。ペインターさんはいつ行っても幟を塗っていた記憶がありますし、布部の人たちはミシンでこの L 字形の、竿に通す部分のミミを無数に縫ってました。私も布に書くのは、最後には大好きになりました。


これは最初の頃に書いた絹で、キラの砦用。指示は「軍隊の部署ごとに7、8つ書いて」。部署って?と思ったら、槍とか鉄砲とかの役目ごとの様でした。歩兵も入れて、数を揃えます。背が高く、幅が細いものでした。
これは上下で引っ張って、宙に浮かして書いています。墨でなくて、屋外用なのでペンキです。

 設置されたところ。
あちら側にキラの紫タコの幟も見えます。それに比べたらやっぱり白い地に黒の字は目立たない。幅も細かったので、そう大きく書けなかったけど、ちょっともったいないです。もっと黒目を大きくしたら良かったのかも。


上の写真は、前にも出ましたが、 キラの墓前用でした。(カットされた焼き討ちの場面)
墓場なので、最初の指示は白地に黒でした。南無釈迦牟尼仏、と書いてます。


が、撮影当日に色変更に。
紫と黒に塗り分けた上から、銀のペンキで字を入れました。
その時はアセりまくって作業に追われただけでしたが、こちらの方が大分インパクトがあります。白い幟を見て、二秒で「紫にして」と言った美術監督はやはり凄いなと今は思います。

Friday 31 October 2014

婚礼支度

キラにミカが嫁入りする際、またショウグンが試合を見に来た際にセットに配置する「献上物」とか「嫁入り道具」などを調べて作ることになりました。



金銀蒔絵の豪華なお支度。
米俵、箪笥などの家具、お酒からお酢、反物や貝合わせまで様々だったのが調べて分かってきました。ショウグンへの献上物も似たような反物(錦)、珊瑚など貴重品も多かったようです。

身の回りの物や衣装などはつづらに入れて運んだようです。


ご紋の入った立派なつづら。これらのつもりで、、、



船に積む荷物として作った箱たちをリメイクしました。赤く塗り直して、金のペンキで寿を書いていきます。


組紐と合わせて立派な風になりました。

献上物の方は、倉庫からそれらしい布を選んで反物に見せたり、モデルメイカーの人たちが珊瑚を作ったり、にせ小判も出て来ました。


(なんだろうこのエアプランツ、、、)水晶も貴重品だったようです。あとお熨斗の折り方などの勉強もしました。

それらしく見えますでしょうか、、、。
水引はさすがにプロから購入した物です。

いずれにせよ、ショウグンの御前では 0.5秒くらい、嫁入り道具に至っては映ってさえいなかったのでは。それでも作るの楽しかった!

Saturday 4 October 2014

すいません、2、3週間ほど、お休みします。
見に来て下さった方ありがとうございます。
10月中旬ー下旬くらいに再会目指します。

Saturday 27 September 2014

仏堂

本編では全く出番なしでしたが、後半に内装を頑張ったセットの中に、仏間がありました。設定は、アサノ家内にある「祈りを捧げる場所」で、ミカがアサノ父の切腹の際か、カイたちの切腹の際に祈る場所でした。
小物で、その際にお数珠が要るけどない!から、皆でビーズを使って作って、楽しくてハマって要る以上作ってしまって、皆でしてたこともありました。

アサノ家の中にある、と説明を聞いた時点で、私のイメージは畳の部屋の仏間でした。


よく大河ドラマや時代劇などで出てくるまんまのイメージ。
でもアート部の説明を詳しく聞いてみたら、もっと本格的なお寺の本堂みたいにしたいようでした。建物も、屋敷内の部屋というよりは、離れて建つお堂。

アサノは曹洞宗。調べてみると、豪華な本堂が多いようです。


これは西福寺の本堂の様子。天井からの飾りが、他の曹洞宗のお堂にもよく見られました。仏像やその他の部品も、日本から買って来たのを倉庫から探して当てはめていきます。木魚もありました。お経もたくさん。

私の担当は、主に、お位牌とか字のあるもの。
金色の位牌が日本から買ってきたものの中にあり、それを使うことに。最初はアサノの切腹の時ならアサノ本人の位牌であるわけがないから、母のかな、と思いましたが、最後で設定が代わり、やっぱりアサノので、ということになりました。


余談ですが、アサノの戒名は日本一長いもののうちの1つだそうです。

下書きをしてサイズを確認します。長い。でも入りそうです。

あ、位牌は分解できるようです。これは字書くところだけ抜き取ったところ。そしてもともと書いてあった字はシンナーで拭き取って消しました。バチが当たるかもしれません。
その後、アサノ母の名前も書きましたが、消しました。

ペンキでアサノの名を入れます。

まあまあ。

それから調べている時見つけて、作ろう!となったものに、お供えみたいな木の札がありました。奉納、祈祷していただく時のお札のようです。

サイズと形を指定して、焼き板の用にして、色んな色のを作ってもらった上に書いていきます。色んな人が書いてる設定なので、色んな字で。


字を書いた上から、エイジングスプレーをしました。

結果!

なんかごった煮の感もありますが、それらしく、、、。
合う香炉や仏前に供える花なども、選びに行きました。ついでに生けました。
日本から買って来た小物が主ですが、天井からのキラキラが足りなくて作って足したりもしました。

お位牌と札は、手前に見えます。
全然登場しないセットで無念。

人の記憶が頼りない話。
この仏さまの両脇にある黄金の蓮セット。



これがバラして一本一本になったのが倉庫にあったのを見て、
「ああこれね」
「あ、知ってるの。じゃあ組み立てて、持って来て」

見なれたものではあるけど!
台座に本数分の穴があいていて、それぞれを差し込めば良いのですが、並び方が。向きが。意外にパズルになっていると、分かりませんで、時間がかかりました。


こう、、、、かな。

出番なかったので良いのですが。


Saturday 20 September 2014

看板としての戸 - 刀鍛冶

なんと呼ぶのか分かりませんが、こういう風に戸が看板代わりになっているお店屋が資料によくありました。屋号とか紋も入っていたようです。


呼び名が分からないで、調べるのに難儀しました。ウエツ村というキラの領地内にある刀鍛冶が多いので有名な村に、47人が武器を集めに行きます。そこの刀鍛冶の戸を書け、と、内装チームでなく、建物作ってるアート部門に言われました。

スタジオJ にある家に、と言われたので家を見に行きます。
覗き込む仲間たち。


よくできてます。これはでも違う家。スタジオの中で、内部での撮影が行われ、この家ごと野外に持ち出して、外側の撮影は行われました。


台本ではメインの刀鍛冶は、正業さんというウエツ村の刀匠。
大きい字を書くのは気持ち良いけど、時々離れて見ないとバランスが変です。これも一気に書ける太い筆がなかったので、レタリングのように、線を太らせるように書きました。つっこみどころが満載。


後で ‘aging’ がされて、家に納まります。かっこよく見える。

最初一軒でしたが、後日、あと2、3軒分くらい書いておいて、と言われます。ウエツ村には刀鍛冶が沢山居たようす。


倉庫にまっさらの障子が出来上がってます。

鍛冶屋さんだけでなくて、装飾する人や研ぐ人がいてもいいと思ってこうなりました。

地は紙でなくて、似た感触ですが雨でも大丈夫なスクリーンみたいなのです。ブラインドでよく使われてる感じです。それに水溶性のペンキ。
私の手持ちで一番大きい筆が手前に見えますが、やっぱりそれでも線が細かったので、これらもレタリングでした。

本編では、この前でカイがちゃんばらしてたので、背景としてよく写ってました。

刀鍛冶(刀匠、刀工)も大変興味深そうでした。刀身の種類も色々だし、装飾も鍔を始め、作ってる人が粋を凝らしてるのが楽しそうです。
ロンドンのV&A博物館にも鍔や刀身の展示があります。

室内は結局、本編では登場しませんが、内装チームがんばって飾り付けもしました。調べました。かなてこ、はさみ、カギフック、柄杓とか道具類に始まって、そして鍛冶屋には神棚が必ずあるのです。

神、仏に関する装飾のリサーチや、時には飾り付け自体をよく任されました。宗教に関しては母国人に任せておけ、という考えだったのか、、、。

お神酒入れやら榊がないから椿でとかの後、ご神体をどうするか。お宮さんみたいなのがないので、作るかまたは代替え案で、と話し合った末、お軸にすることに。


かける場所を確認した後、倉庫から適当な長さのお軸を探し、本体(絵。古くて破れてた)を剥がさせていただき、鍛冶屋または火の周りのカミサマ、天の御影の神、と書いて、貼って、エイジング。


お護りのお札も置いて、完了。この御前に榊(しきみ)ならぬ椿と塩とお水の入った白い器たちが並び、注連縄がはられる。
写らなくて残念だったけど、身近に神棚がなく育ったわりに、勉強になりました。

Sunday 14 September 2014

著作権のはなし

去年、知り合いのグラフィックデザイナーのお声がけで、英国大手ファッションブランドの新商品になる、パッケージデザインの仕事をしました。私の手書きの字を二つ、ブランドのロゴと合わせて入れたい、と、最初からコンセプトがはっきり決まってました。

二文字なのに、時間をたっぷりかけて、いろんなペンや筆や、違う紙や、書体を試して、面白い仕事でした。

1、2週間前に商品が発売になって、今、ロンドンの街中、駅、バスの車体でポスターを見ますし、お店のウィンドウもそれ一色です。

見ていてこそばい感じがします。

その話をしに、本社へミーティングに行った際、この仕事をするからには、これらの約束を守ってもらいます、という書類にサインをしました。

私の字は「材料」になるので、そのデザイン自体についての所有権や著作権は私には全くないこと。

それから私はこの仕事に関わった、とは言って良いものの、写真やリンクなどを私のウエブサイトや電波の公の場に載せてはいけない、ということでした。

このブランドに限らず、こういう契約はよくしなければいけません。

ひみつを守らないといけないこと。
封筒に住所を書く仕事の時には、有名な人、有力者などの住所がリストに載っています。そのリストを誰かに横流しすることを始め、使用済みのファイルはちゃんと処理しないといけません。

そして著作権、所有権。

映画の仕事でも、私が書いた、私が関わった、ということは言って良いのですが、映画の製作会社に雇われて、映画の為に字を書くということは、私の書いたモノではあるけれども、私の所有物ではなく、映画会社のモノです。

ちゃんと雇われます、という書類にサインする時に、それらは明記してあります。サインしたということは、それを了解した上で給料もらいます、という宣誓です。


このブログを始める前に、別のブログを書いていました。
私が話を聞き間違えて、映画の公開前に、画像付きでいろいろ出しちゃってました。話の筋や、俳優さんの話などは書くな、と言われてたし、字の話をしたかったので、そんなに「暴露!」みたいな内容ではなかったものの、ユニバーサルに発見されて、えらい怒られました。

あほです。今考えたら当然の常識ですが、お恥ずかしい話です。

公開したら再開すればと言われて今に至るのですが、スケッチのような私物の写真なら問題ないでしょうけれども、まだ出す写真に気を付けた方がいいみたいです。

今更ですけれども、ここに載っている画像などをよそで無断掲載するのは、どうかご遠慮下さい。

色々難しいことが多い時に、相談したり、ぐちったりできる同業者がいるのはとても心強く、有り難いことだなと改めて思います。

ちょっと余談でした。



Saturday 6 September 2014

様々な買い物

提灯を購入させていただいた、長野松本市の末広屋さんの話が出たので、他に私がいる間に関わった注文に関して書いてみます。


提灯屋は提灯のみならず、看板一般をサインライターのように商いしてたのでは、と前回思いつきで書きましたが、末広屋さんも、提灯の他、幟、幕、半纏やうちわなども扱っておられるようです。
また私たちが、房を必要とした際、提灯の下に付けるものがあると教えて下さいました。サイズも種類も色々。



絹製のモノから、ポリの安いものまで、何種類か色んなところから買ってみました。安いのはすぐフサフサのところがちり毛になってしまい、みっともないものでした。

切腹の際に、巨大なものがいることになり、そんなサイズのものが見当たらなかったので、小道具作成スタッフが、オリジナルを参考に作ったもの。
とても奇麗にできてました。



房を探していた際に、見つけた宮忠さんは伊勢の飾り金具を扱っているメーカー。神棚から、お御簾、几帳、また宝珠や注連縄なども扱っておられます。本編から全くカットされてたお寺のシーンや、トーナメントの際にショーグンが座る席の金具などを注文しました。


ふすまの引き手などをお願いした、おべや平安京
時間を忘れて、カタログを見ていて楽しかったし、建築のお話も面白かった。
引き手だけでこんなに種類が!そしてデザインが楽しい!

桂離宮に、この仕事の後に行った際、やっぱり引き手を見てしまいました。知らなかったら、気付かない世界。

ここ経由で見つけた、株式会社マスミ。和紙製品の取り扱いが多く、裏打ちや表装もされており、裂や糊、刷毛等も扱ってられます。ここからは、お軸の下に重しとして付ける、風鎮をいただきました。このカタログも見てて楽しい。風鎮っていう言葉がすでに良い。


和蠟燭を注文したのは、福井県の小大黒屋。ロウソクに和風もあるのか、と思って見たら、なるほど見覚えがある。よくお花や景色などの絵を描いて売ってるのを見ます。まっすぐや、反り返ったイカリ型など種類があった。サイズもこんな様々。


これも量が足りなくなった後は、作ってました。色が独特。

扇。
バイヤーがあらかじめ大量に日本で買ってきていたにも関わらず、この人のがない、この時のがない、と追加で後から注文して、助けていただいたのは京扇堂。扇も色々な種類があるようで、知らないことばかり。


 お飾りやお祝いの時のものから、舞の扇、寸法、ひいては檜扇に付ける房の相談や、絵を書く時の注意などもお電話で気軽に教えて下さいました。


檜扇を買って送っていだいた後に、書く絵を決めていた際、字書いてみるか、と言われたものの、素がこんなに奇麗なので(しかも良い匂い)、お値段も良いし、怖くて書きませんでしたが、今思えば書いておけば良かった。

また、注文ではないのですが、高野山の資料の中でデザイナーな気に入り、コピーを作りたいとしたもの、「幡」と書いてばんと読むものがありました。イカみたいな形、、、。


高野山の本堂、弘法さんが居られる手前の橋を渡る時に、両脇にあるもので、結界というか、境を表したものだそう。名前すら知らずに調べ方も分からず、事務所に電話して事情を説明しました。
対応して下さった方も訳が分からなかったと思いますが、仕舞には画像の著作権のなんやらの書類にサインしてどうこう、という話になってしまい、画像を使うんじゃなくてーと説明してるうちに、丁寧かつテキパキとした上の方が電話に出て下さり、紋や模様などをそのまま使うのでなければどうぞ、と言って下さりました。有り難かったです。

これも写ってないと思いますが、お寺の前に似た形でありました。


あと馬具でお世話になったところもありました。

皆様とても協力的で(まあ仕事ですが)映画で使う、と言うと、前のめりになって下さる気の良い方が多く、お手入れや作り方なども気さくに教えて下さいました。
やはり京都や伊勢など都があった所に多く技術が継承されているのを知ると嬉しく思いました。
日本に帰った際に御店にお邪魔したら見せていただけますか、と聞いて快諾して下さった扇屋さんや、表装屋さん、まだですが、いつかお邪魔してもっとお話お伺いしたいです。